令和8年10月


『すべて 一切の有情を見て
  慈悲のなからんは 人倫にあらず』    
                 
『徒然草』第128段

 『徒然草』第128段は次のような内容です。鎌倉時代に源雅房という立派な貴族がいて、昇進が近いと目されていました。そんな時に、「雅房は、飼っている鷹の餌にしようとして大の足を斬っている」という衝撃的な噂が流れ、昇進は取りやめになります。その噂は事実無根だったのですが、『徒然草』著者の兼好は、それでも雅房を出世させるべきではないと考えます。なぜなら、鷹狩りを目的に鷹を飼っていたことは本当だったからです。 兼好は「生き物を殺したり戦わせたりして遊ぶ人は、畜生と同じである」と断罪しています。
 近年のいわゆる動物愛護管理法の改正によって、動物愛護へ の社会的意識は高まっています。しかし、本来は法律など関係なく、動物を慈しむ気持ちを持つべきです。兼好も同じ考えであったことは前述の話からわかりますが、その末尾の一文が「今月のことば」です。「あらゆる命あるものを見て、慈悲の心が起きない者は人間ではない」という意味です。すべての命は等しく尊いものです。人間として忘れてはならないことです。

(仏教学部准教授 三好 俊徳)

『法然上人の絵物語』第十巻
(画:別科修了生 菊田水月)

第四段 後白河法皇の菩提のため、親盛入道ら別時念仏六時礼讃を修す
 建久三年秋の頃、親盛入道は八坂の引導寺において、心阿弥陀仏・住蓮・安楽らと共に、後白河法皇の追善供養のため六時礼讃を行い、七日間にわたって念仏を修した。
 結願の日、さまざまな供物を取り出しているのを見た法然上人は、「念仏は自分自身のための修行である。たとえ菩提に回向するのであっても、布施を受けるなどあってはならないことである」と戒められた。

菊田 水月

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