令和8年7月
『もし琴の絃、緩ならす急ならざれば、
その時、琴の音はすなわち聴き採 るべし。』 『増一阿含経』

ブッ ダが、「琴の絃が緩すぎたり、きっすぎたら、音は聞き取れるか。緩すぎず、きつすぎなければ、音は聞き取れるか」と質問したことに対し、弟子が「琴の絃は緩すぎても、きつすぎても音は聞き取れません。ブ ッダの仰る通り、琴の絃が緩すぎず、きつすぎなければ、良い音を聴くことができるのでしよう」と答えた、という内容です。
新年度が始 まって三ヵ月が過ぎました。この間の自分を振り返ってみれば、どのように見えたでしようか。新しい環境に適応しようと、必要以上に緊張していたでしようか あるいは「こんなもんだろう」と 油断して、緩めすぎていたでしようか。過度に自分自身を追い込んでしまう必要はありません。きつすぎる絃はちょっとしたことで切れてしまいます。かと言って、緩め過ぎることもよろしくありません
新しい景色が見えてきた頃かと思います。今こそ、緩めすぎていないか、反対に締めすぎていないか、確認しては如何でしようか。
(仏教学部教授 宗教教育センター長 曽和 義宏)
『法然上人の絵物語』第十巻
(画:別科修了生 菊田水月)
第一段 高倉天皇に一乗円戒を授ける
承安五年の春、法然上人は高倉天皇の招きを受け、天皇に一乗円戒を授けられた。公卿や宮中に仕える人々もまた、うやうやしくこれを受けたという。貞観年間には、清和天皇が慈覚大師円仁より戒を受けられている。法然上人は円仁から数えて九代目の正統な戒の後継者である。はるか古に行われた授戒が 、法然上人によってふたたび行われたことは、まことに尊いことである。
菊田 水月

