平成29年12月


此の世のなごり 夜もなごり
死に行く身をたとふれば

あだしが原の道の霜

『近松浄瑠璃集』上

この一節は近松門左衛門の世話物浄瑠璃『曾根崎心中』の道行文冒頭で、「一足づつに消えていく道の霜ほど哀れなれ」と続きます。道行文とは、出発から目的地に到着する道程を文学的に綴った文章のことで、日本の文学や演劇ではよくとられる手法ですが、同作のヒットから心中物の大きな要素となります。醤油屋平野屋の手代徳兵衛と天満屋遊女お初が夫婦の契りをかわしながら、世間の義理と人情の板挟みとなって苦しんだあげく、万策つき、心中を選ぶしかなくなるという悲劇です。同作は大坂の観音霊場巡りなどを組み込んだ仏教と縁の深い作品でもあります。ふたりはひと足づづ心中先にむかいます。それは死出の旅路を意味しますが、同時に、来世で晴れて夫婦になれるという希望の旅路でもありました。 ふたりの心中への道程から、現世と来世は決して別ではないという、江戸時代の死生観のひとつをうかがうことができます

(歴史学部准教授 斉藤 利彦)

仏教東漸 No.21
五台山
五台山は、中華人民共和国山西省東北部の五台県にある古くからの霊山。標高3、058m。仏教では、文殊菩薩の 聖地として、古くから信仰を集め、普陀山、峨眉山、九華山 と並んで、中国仏教の聖地とされ、台内に ヶ寺、台外にヶ寺、合計8ヵ寺の寺院が存在します。 写真は、五台山・塔院寺の大白塔

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