令和5年1月
天下和順 日月清明
『無量寿経』
この句は浄土宗では「祝聖文」 と云われ、「天下和順 日月清明 風雨以時 災勵不起 国豊民安 兵戈無用 崇徳興仁 無修礼譲」の一節であります。出典 は「浄土三部経」の『無量寿経』下巻に所収された偈文 で、 毎 年のお正月に勤められる「修正会」や、地鎮式や上棟式、落慶式などの慶事の法要に称えられます。
「祝聖文」は、「世の中は泰平・平和で、太陽や月は清らかに光輝きますように。風や雨は程よく降ったり吹いたりして、災害や疫病も起こらないように。国は豊かになって、人々の心は安らいで、世界の中で戦争が無くなりますように。皆が礼儀正しく、互いにその徳を崇めあい 、譲り合う思いやりの心を興しますように。」と祈る内容であります。
昨今の世界を見渡すと、コロナ禍が経済まで多大な影響を及ばしたり、ロシアのウクライナ侵攻は泥沼化し、その中で想像を絶するような生活を強いられています。
果たして今年 は、どのような年になるのか判りませんが、どうか「天下和順 日月清明」のように、どうか世界の中から戦争が無くなり、人々の心は安らいで、穏やかな一年でありますように祈らざるを得ません。
(仏教学部准教授 稲岡 誓純)
『法然上人の絵物語』第三巻
(画:別科修了生 菊田水月)
第一段~第二段 勢至丸、持宝房源光の弟子となる
久安三年二月十五日、勢至丸は比叡山に登り持宝房源光の弟子となりました。「進上、大聖文殊像一体」という観覚の手紙から、この少年が聡明であるということを知った源光は、ます試しに『天台四教義』を勢至丸にお授けになりました。勢至丸は『四教義』について疑問に思われた箇所を源光にご質問されました。その箇所は古くから天台宗で論じ合われていた所であったので、人々は勢至丸の聡明さに驚き、只者ではないと噂しあうのでした。
菊田 水月