令和5年9月

しんをば一念いちねんに生まると信じ、ぎょうをば一行いちぎょうにはげむべし

法然上人『つねに仰せられける御詞』   

 法然上人は、仏教を浄土門とそれ以外の教え(聖道門)とに、往生のための行(実践)を称名念仏と他の行とに二分し、浄土門の念仏を選び取るべきだとお説きになりました。
 すると、その明快な二者択一の論理展開に惹かれた門弟たちが、法然上人が対立構造で提えない「信」と「行」とについてまで二者択一的に論じ始めました。「一度の念仏で必す往生できる」と信じることを重視する派閥と、「一生涯、称え続ける」という実践を重視する派閥とに分かれ、批判し合うようになったのです。すると法然上人は、「信については〈一度の念仏で往生できる〉と確信しつつ、行については〈一生涯称え続ける〉ように励め」 とお説きになりました。
 論理的には曖味で矛盾しているかのように思われますが、現実的には実践することが可能です。二項対立・二者択一の論理構造を強く打ち出しつつも、それのみに囚われるわけでもないという、法然上人の柔軟で奥深い御心が垣間見えるお言葉です。

(仏教学部准教授 齋藤 蒙光)

『法然上人の絵物語』第四巻
(画:別科修了生 菊田水月)

第四段 醍醐寺の寛雅かんがを訪ねる
 法然上人は、阿性房印西あしょうぼういんさいと共に、醍醐寺に三論宗の大家、権律師寛雅ごんりつしかんがを訪ねました。法然上人は三論宗の教えについて自分の考えを述べられました。すると、寛雅はなにも言わずに奥から十箱あまりの書物を入れた箱を引き据えて、「私の弟子の中には三論宗の教えを伝え託す人がいないのです。あなたにこそ、これを相伝すべきです。」と言って、法然上人に秘書を進呈されました。

菊田 水月

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